横井幸夫（小学部）

　私は先日、台北日本人学校同窓会名簿を見る機会を得ました。そこに昭和３５年の卒業生として載っている私の名前を見い出しました。この年の卒業生は私一人のみでした。そういえば、わが家に残っている私一人の卒業生と約２０名の全校生徒とが一緒に写っている私の卒業写真のことを想い出しました。３５年前の思い出が鮮やかに蘇りました。時は１９９５年１０月２８日、場所は新宿のレストラン。このときは、同じ時代に台北日本人学校で学んだ同窓生約１０名が集まりました。昨年に次いで２回目の集まりでしたが、一緒に学んだ時代から既に３０年以上の歳月が経っていました。

　話は１９９４年の秋に遡ります。この時、昭和３０年代に台北日本人学校で学んだ同窓生約２０名が埼玉県のとある町のレストランに集まりました。会場の入り口には、「大井先生を囲む会−台北日本人学校同窓会」との案内がありました。幹事は９２歳の大井先生を招くために出来る限り先生の家の近くに集う場所を設定しました。幹事の配慮は行き届いていました。一緒に学んだ者は全て日本に戻り、この３０余年が過ぎていました。発起人、幹事役として全田さんと山田さん（旧姓、川崎舎さん）が、散り散りになっていた同窓生の居所を探し出し、連絡を取り、大井先生を囲む会を計画し、そして実現させたのです。３０数年ぶりの集い、同窓会でした。

　集まったのは昭和３０年代に台北日本人学校で学んだ同窓生でした。当時の日本人学校は、小学１年生から６年生までの合わせて約２０名の生徒が街中の一軒家の校舎に学んでいました。私は台北日本人学校がこの一軒家に移る前の台湾大学の一室に間借りしていた時代も合わせて経験しました。台湾大学の構内では、広い緑の芝生があり、大きな椰子の並木があり、そして空は何処までも透き通るほど青かったことを今でも鮮やかに覚えております。この同窓会に集まった仲間は、同じ時期に、同じ学校で学んだ仲間ですので、学んだ時の学年差は小１から小６までありました。小学生の６年差は大きいが、３０数年後の６年差は小さい。集まった仲間は全て知り合いですから、同窓会と言うには馴染まない。また、２０数名の集まりだが学年が一緒ではないので、クラス会と言うには落ち着かない。名目、名称はどうでもいい。集まるのに意義があるのですから。３０数年ぶりの再会に話は尽きず皆は往事の少年、少女に戻りました。

　昭和３０年代に親の仕事で海外に暮らす日本人はそう多くはいませんでした。そんな中で、台北日本人学校は海外の日本人学校の中でも戦後早い時期に設立された学校の一つです。それでも昭和３０年代の生徒数は２０名前後で推移していました。生徒が急激に増えたのは、昭和４０年代の半ば以降だと思います。その後、私達が学んだ一軒家の校舎からさらに移転し、現在は生徒数９５３名（１９９４年５月１日時点、中学生を含む）を数える学校になりました。時代の変化を感じざるを得ません。どこでも海外の日本人学校に通う期間は、親の海外駐在としての任期限りというのが一般的です。親の任期は、たいてい３〜５年ですから、小１から小６の卒業まで日本人学校で学ぶ生徒はほとんどいないということになります。転入生を受け入れ、転出生を送り出すことの繰り返しは、海外の日本人学校の宿命と言えます。限られた期間だからこそ、学んだ生徒に強い印象と深い思い出が残ったのかもしれません。

　台湾での生活は、私達子供にとっても、親にとっても良き思い出になりました。当時の日本人が遊びに行ける所は限られていました。従い、生活は学校、そして日本人社会のつきあいが中心であったように思います。車に相乗りしての通学と放課後、休日の家族ぐるみのつきあい。誕生日のパーティーに呼んだり、呼ばれたり。誕生パーティーは子供にとっても親にとっても待ち遠しい出来事だったはずです。小学生の頃は、男女のことをあまり意識しないものです。（小学校の同窓会は、いつまで経っても、この意識は変わりません）。また、日曜日に何組かの家族と一緒に陽明山にピクニックに行ったことも記憶しています。いたってのんびりとした生活でした。しかし、ひとたび日本に戻れば、今と変わらぬ受験戦争が私達を待ち受けていました。当時は日本に戻っても「帰国子女」ということで今ほど特別扱いされる機会も多くはありませんでした。誰もが多かれ少なかれ、日本にいたら味わわなくても良かったであろう苦労を味わいました。

　私達のほとんどは、既に台湾時代の親の年齢を超えています。私達は子供の頃海外に暮らすという得難い機会を親から与えられました。今でこそ、国際化の進む中で、海外で生活する日本人、海外で学ぶ子供の数は計りしれません。新聞、テレビ等で「帰国子女」という言葉に接する度に、私は、自身が「帰国子女」のはしりであるとの、いささかの感慨を禁じ得ません。この間３０数年、自らの歩んできた人生と時代の移り変わりに思いめぐらす。そして私達の世代の仲間は、このような思いを共有しております。